| 『航空ファン』掲載作品 |
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2003年8月号 |
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Operation Pedestal - The Gallant Ohio - 瀕死のマルタ島に物資を送るため、連合軍は59隻の強力な護衛艦と14隻の輸送船からなる大輸送作戦「Operation Pedestal」(屋台骨作戦の意味)を開始します。 スコットランドを1942年夏に出航した船団は、8月10日ジブラル海峡より地中海に入り一途マルタ島を目指し進んでいきました。あと3日後にはマルタ島に到着の予定となるこの海域で、枢軸国の攻撃が始まりました。3昼夜、航空機による襲撃、潜水艦、魚雷艇にありとあらゆる攻撃にさらされ、14隻の輸送船は次々に沈められていきました。14隻中残るは僅か5隻となりながらも、船団は必死の航海を続けるのでした。 マルタ島まで、あと60マイルへと近づいた時ドイツ空軍は死に物狂いで最後の攻撃を挑んできました。 テキサコ石油所有のタンカー・オハイオ号は、この攻撃でボイラー部を被弾し火災を発生します。船は浸水し、舵は不能となります。 この作品は、その場面で停止したオハイオ号を、曳航するために近づいてきた英駆逐艦と、上空を護衛する、マルタ島から飛び立った第126SQと第185SQのスピットファイアーを描いています。駆逐艦には、沈んだ輸送船から助け出された人々の姿も描かれています。 この懸命な輸送作戦により、マルタ島の人々は「餓死の危機」から救われたのです。 オハイオ号は3隻の駆逐艦に曳航されながら、マルタ島に入港を果たしました。 |
![]() Malt-George Cross No./300 02年作品 全紙サイズ・845×605(mm) 額付 \74,000 |
マルタ島の戦い ― ジョージ・クロス章 ― 1940年夏から42年の終わりまで続いた地中海・マルタ島に対する爆撃と、島を死守する英空軍の戦いは、地中海の制空権を賭けた壮絶な戦いとなりました。 1942年春から、英米共同で商船と空母を中心とした輸送部隊がマルタ島に近づきつつありました。洋上より、2隻の空母(英空母イーグル、米空母ワスプ)はマルタ島にむけスピットファイアーの部隊を発進させます。この戦闘部隊は、英連邦(オーストラリア、カナダ、NZ)と米軍の志願パイロットで編成されていました。爆撃で傷ついたマルタ島の飛行場に、彼らは次々と舞い降りてきました。これでようやく、ドイツ空軍に対抗できる強力な航空部隊が整いました。 こうして、連合国側はマルタ島と周辺地域の制空権を奪還し、勝利へと進むのでした。 のちに、キング・ジョージ6世はこの小さな島で勇敢に戦い犠牲になった、勇気ある市民をたたえて、民間人に与えられる最高位の勲章として「マルタ・ジョージ・クロス章」を制定し、受勲しました。 英国の誇る航空絵画の巨匠、ロバート・テイラーは、不屈の精神で絶望のマルタ島を救った空の勇士達の戦いを、叙事詩として格調高い作品に仕上げました。 作品は、マルタ島上空で戦うオーストラリア人パイロット、John Bisley(126SQ)と、JG-53のMe-109を描いている。背後では、急降下爆撃を敢行したスツーカが、退避行動をしているのがわかる。 |
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1941年5月、地中海上で連合国輸送船団を襲撃に向かうJu-87を描く。 |
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Stuka No./1250 90年作品 全紙サイズ・835×630(mm) 在庫1点のみ 額付 \77,000 |
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