『航空ファン』掲載作品 2003年11月号

No./400 2002年作品
775×590(mm)
額装込 \77,000
“Band of Brothers” ロバート・テイラー
「我々だけが・・。生き延びた幸せを噛みしめて思う、われ等兄弟と共に。」

一つの有名な機体が、英国空軍爆撃兵団の隊員とその飛行機の活躍を象徴的に言い表しています。
初めて第83爆撃隊でパス・ファインダー(教導機)として飛び立ち、それから第467爆撃隊に所属した機体番号R5868のアブロ・ランカスター爆撃機、コールサイン名“S for Sugar”号(日本風に言えば「砂糖のサ」といった感じ) は、1942年夏から大戦の終わりまで、ほとんどのドイツ攻撃に対する主要作戦に参加します。戦闘で失われるランカスターの寿命は、保ってほんの数ヶ月といわれる中、“S for Sugar”号は奇跡的な年月を戦争の中で生き抜いたのでした。
強力な装備(武装)のランカスターは、英国空軍爆撃兵団の要として活躍します。クルーたちは英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、ローデシア、南アフリカ、そしてナチス体制に反対する国々からの志願者で構成されていました。彼らは、攻撃目標を目指し、攻撃の機会を捉えたら昼夜をいとわず出撃していきました。
隊員たちの、怯まぬ勇気と献身的な活躍は、D−ディ進攻をこえ、ヨーロッパの解放を勝ち取る日まで、長い地道な努力と共に続けられるのでした。
ゲーリング元帥は、「第3帝国上空に、敵影あらず」と豪語していたにもかかわらず、この”S for Sugar”号は、せっせと爆弾を持っては、ドイツの主要都市に届けるのでした。
ベルリン、ハンブルグ、シュバインフルト、ブレーメン、ハノーバー、そして他の主要都市へも出撃して行きました。爆撃兵団の数ある爆撃機の中で、第2位の出撃回数を誇るまでになりました。時には、対空砲と機銃により翼はズタズタにされ、足を引きずるようにして飛ぶ時もありました。ベルリン上空では、空中衝突により翼を破損する最悪の事態にみまわれました。そんな時でも、毎回 ”S for Sugar”号は、隊員たちを基地へと連れて帰るのでした。

航空絵画の巨匠、ロバート・テイラーは、1944年4月27日の朝、無事帰還してきた”S for Sugar”号を、基地の風景を交えながら叙情的に描き上げました。
ドイツ・シュバインフルトのベアリング工場を爆撃し、95回目の任務を終えてRAF・ワディントン基地に戻ってきた”S for Sugar”号が中央に見えます。
戦闘の傷跡をつけた爆撃機は、第467爆撃隊のランカスターです。駐機場をめざしタキシングを続ける爆撃機。疲れきって帰り着いたクルー達が集まり、任務終了のブリーフィングをしている姿も、表情豊かに描かれています。
大戦が終了した時、”S for Sugar”号は、137回もの出撃を達成しました。この出撃記録を超える爆撃機は、もはや他にいませんでした。この間、無事に毎回クルーを連れて基地に戻って来たのでした。
現在、機体は完璧に修復されて、RAF爆撃隊の栄光を放ちながらRAFヘンドン・ミュージアムに展示されています。


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