『航空ファン』掲載作品 2003年12月号

No./500 2000年作品
635×406(mm)
額装込 \75,000
“Caught on the surface”
ロバート・テイラー
1943年、7月30日 ビスケイ湾での戦いが、今回の物語である。
ブレスト半島とスペインの北側沿岸に挟まれた海域は、大西洋に決死の出撃と帰還するUボートにとっては、最も攻撃を受けやすい危険な海域であった。
3隻のUボートは、ウルフ・パック(狼群)作戦に向かう準備として、燃料と弾薬その他を海上補給する必要から浮上していた。そして、RAF沿岸警備部隊の航空機に発見され攻撃を受けつつあったのだ。
航空機に発見されたUボートが生き延びるためには、「直ちに浮上し対空火器で戦うこと」これが、ドイツ海軍のデーニッツ提督からの指令であった。3隻は、防御体制として旋回行動に移っていった。潜水艦は、空からの邪魔者を追い払うために各艦10門の機関砲を武装することができたのである。全艦合わせて30門以上の火器が、一斉に弾幕を張りめぐらした。
攻撃機がUボートへの攻撃を確実に行なうためには、きわめて低空からの攻撃が求められていたが、それは搭乗員にとっては、かなり命がけの攻撃であった。
オーストラリア空軍(RAAF)第461Sqのサンダーランド飛行艇が、その現場に駆けつけてきた。彼らは「熟達した海のハンター」であった。 パイロットのダッドリー・マローズ大尉は状況をつぶさに観察するや、すかさず機首を攻撃方向へと向けた。識別コード“U”を付けた彼のドッシリとした飛行艇は、波頭のトップをめがけて降下していった。一番近くのUボートめざして、思い切った降下角で機を走らせたのである。
ちょっとした運命のいたずらは、彼にU-461(タイプ・XIVタンカー型潜水艦)を選ばせた。マローズ大尉が愛機をパワー全開で操作しU-461の艦橋を越えていく瞬間、すべての潜水艦から受ける弾丸は、まるで雹(ヒョウ)のように降り注ぐ。
放った7個の爆雷がU-461を取り囲んだ。そして爆発。潜水艦は、まったく見事なまでにバラバラに吹き飛んでしまった。
マローズ大尉は戦果確認のため機を上昇させていくと、眼下には生存者が波間に浮いているのが見えた。その姿を見ると、思わず同情心が沸いてきた。彼は、積んであった3個の救命筏の1つを落すために、先ほどの場所に引き返していったのであった。これにより生存者は救出された。

ロバート・テイラーは、サンダーランドとU-461の最後の瞬間を、ドラマチックに描写しています。リトグラフ作品には、サンダーランドクルーとU-461生存者のあわせて8名のサインが記されています。


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